存在だいすきクラブ

強い気持ち

2017/03/06の日記

雨のち曇り。やや暖かめ。雨のあと冷える。

 

夢。は憶えてない。

 

昼ご飯、忘れた。なんか外で食べたような気がする。それでエントリーシートを書く。書くというか、入力画面を見てため息をついたり、街並みに歩く人たちを見たり、部屋の角っこを見たり、ため息をついたりしていた。ううーんエントリーシートを書きたくない。

 

別に書けばいいじゃないか。そうです。書けばいいんです。が、だるいなあ。やりたくないなあ。という自然な感情が湧いてくる。ちなみにいま日記を書くのが猛烈にだるい。半分寝ながら書いている。昨日もそうだったので、公開している以上けっこう申し訳ない感じだ。雑を通りこして、雑以前。

 

とくに書きたいことも思いつかないなあ。自動筆記ができるほどスマホの書き込みに慣れていないし。蛍光灯はすでに眩しくて僕の体が思いっきり眠りたがってるのがわかる。ウィンドウズの再起動が遅かったなあ、くらいしか言いたいことがない。

 

少し言いたいことを思いついた。権威性と権威の付与、元ネタとアーカイブの病。でも眠いのでやめる。

 

何になりたいかとか何をやりたいのかとかを考える。やりたいもの、あるか? みんなが産道から出てきたときにそれぞれのお腹に刻みつけられてたらいいのにね、やるべきこと。さしずめ僕は……、思いつかないなあ。召命? 意味や権威の付与じゃん。僕の生には価値がある、なぜなら……。そうですか。

 

さて、面接とは信仰告白の舞台だ。君のやりたいことは? 志望理由は? はい、私は社会に貢献したく…… 社会は善か? 善である。他の人を喜ばせたい…… 他の人は価値があるか? あります。自分の幸せのために……幸せは価値があるか? はいそうです。

 

ここでは信仰の自由はない。人間の大部分が共通する遺伝子が生み出すものを僕たちは信仰しなければならない。でなければ……なんだ、どうなるんだ。みじめな死か? 死に価値は? みじめさに価値は? 君にそもそも自由などあったか? 

 

知りません。どうしようもないですね今日の日記は。明日は眠くなる前に書く。よい日にする。気持ちを強く持つ。

2017-03-05の日記

晴れときどき曇り。暖かめ。

 

夢。とても悲しい夢だった。書きたくない。

 

昼くらいに起きて350円のラーメンを食べ、喫茶店でエントリーシートを書き、ブックオフに行き、何も買わず、牛丼を食べて帰ってきた。終わり。

 

とても花粉がすごくて、ちょっと外に出ただけで目が痛くなって笑ってしまった。朝も、のどが痛くて起きてしまうし、むちゃくちゃだ。森を焼くしかないよ。

 

とにかく書かなければならないエントリーシートが多い気がしてしまう。まあ昔作ったやつの切り貼りでなんとかなるわけだけれど、凝り性なので語尾とか気になる。とにかくすべては情報処理であって、手を動かすのに尽きる。投げ出さないかで志願者を切ってるようなエントリーシートもある。ちょっとずつ進めよう。

 

外に出るひとが多い気がする。春だろう。暖かさは人々の行動を大きくする。熱みたいなものかもしれない。

 

昼に音楽家の話をしたので、その音楽家の第一作のテーマの一つが熱であったことを思い出した。宇宙として冷めていく熱の中で、僕たちとか生き物とか星とかはそれに少しだけ抵抗するように見える、みたいな。宇宙のことは宇宙論をやってるひとに聞かないとわからない。

 

うーん、眠い。まどろみ、と言うのが適切かもしれない。まどろみのよさは僕に自己批判のペンを握らせないことだ。悪いところは表層しか出てこないこと。キリリとしてないと深い話は出てこない。

 

ホラ貝の話でもしよう。ホラ貝の楽譜は右から左に読む。線の高さが音の高低を表し、Lの筆記体みたいなので音をちょっと上げてちょっと下げる。とても直感的だ。

 

音の高低を高低でやっぱり表現している。音の振動数が多いか少ないかは高さ低さには関係ないのに、なぜか音を高い低いと言ってしまうし、そう表現してしまう。不思議だ。むしろ低い音は柔らかい、高い音は硬い、とか言っててもよかったと思うのだけれど。この辺は共感覚の起きやすさとかとも関係しているのかもしれない。僕には高い音は刺す音だし、低い音は叩く音なのだけれど。

 

まとまりがない。なんか人生訓めいたいい話とか意思を書いて終わらせようという気持ちがあるのだけれど、ホラ貝からオチに持っていくのは難しい。ああ、キーボードをすらすら弾けるようにはなりたいなあ。エントリーシートがいやで初音ミクの調声ばかりやっている。日本語英語が難しい。

 

結論:森を燃やすしかないよ。

 

林業とかに就職するか?

2017-03-04の日記

天気がわからない。家から出てない。そこそこ暖かかった気がする。

 

夢。気合いが足りずにメモしていない。

 

けっこう就活で疲れていたみたいで今日は書くべきことをできなかった。図書館に行ってESを書く予定だったのだけれど。それでごろごろしていた。うーん書くべきことがない。

 

あ、少し枕元の本を整理した。就活関連の本を投げ捨てるように重ねていて、とてもホコリが溜まっていた。隙間があるとホコリがどこからかやってくる。隙間がないように並べるか、もしくは思いっきり離しておくとホコリが溜まらない。結局ここでも適切な距離が必要なわけで、不思議だ。

 

適切な距離感というのはいつもどこでも求められる。でも適切なんてどれくらいか全然わからない。たとえば初対面のひとにはズケズケ個人情報を聞いてはいけないし、ジョークの幅もかなり狭めないといけない。ブラックな冗談とかはダメだ。でもある程度会うとこんどは情報を聞いたり、軽口を叩かないと失礼になってくる。この辺は難しくて、かなり意識してないと難しい。自動化したい。

 

みんながいう「成長」は自分の生活をどれくらい自動化できているか、のことを言っていると思っている。礼儀作法とかは一挙手一投足の自動化だ。敬語なんかもそうだ。掃除だとか、イヤなことをどこかに投げ捨てる作法だとか、そういう諸々を自動化していくと成長した、なんて言われる。そうしていつの間にか生活の全てを自動化してしまう。こうなるともう人生は僕たちの手から滑り落ちてしまう。もっとよくないのは、自動化された自分に気づいてしまうことだ。そうして脱サラしてソバでも打つ、なんてまた別の自動化のレーンに乗ってしまう。

 

放っておくと僕たちはなんというか法則みたいなものに絡め取られてしまう。ありがち、の網の目に気づいたら手足が絡んでしまっている。見えない均質化の流れというか、僕たちを一緒にしてしまうなにかに押し流されてしまい、クッキーの金型に切り取られてしまう。

 

そういうのには僕は抵抗したい。別に正義とかじゃなくて、ただ複雑というか、ランダムなものが好きだという好みのせいで。この好みも遺伝子とかで決まってるのだろうけれど。やだなあ。遺伝子と環境の外はあるのか? ひとはそれを自由意思とか呼ぶのだろうけれど。ないだろ。

 

そういえば自由の概念は神の善性を守るために出てきたとか聞く。神がいるのならなぜ悪があるのか? 人間には自由意志が与えられ~ よくわからん。ちゃんと本を読もう。

 

なんか恥ずかしいことを書いてしまった。薬で眠くなってるからだ。とにかくやるべきことをやる。少なくとも生きる。就活をする。そんなもので少しずつ進んでいく。

2017-03-03の日記

晴れ。とてもよい青空。水彩絵の具を延ばした感じ。日差しが暖かい。

 

夢。忘れた。というかメモし忘れ。

 

昼前に起きて就活イベントへ。ドーナツを急いで食べる。

 

うーん。あまり印象的なことがない。三日連続で同じようなことをしたからかもしれない。板のようなイスに座って35分面白いとも面白くないともいえない話を聞いて、質問をし、次へ。スーツ姿は生存には適していない気もする。でも砂漠ではスーツがいいらしい。masterキートン参照。

 

誤字があったことくらいしか憶えていない。「火中の栗を拾う」が「渦中の栗を拾う」になっていた。気持ちはわかる。場合によっては渦中のほうが適切なときもある。危険ではないが話題になっているものとか、か? やっぱり雑な企業のほうが話が面白い気がする。まあ雑な企業でわざわざ高難易度大学にくるということは勝機があってきてるのだろう。

 

「わざわざ」が「What's up? What's up?」から来ている、という嘘をいま考えた。「ぐっすり」が「good sleep」みたいなものだ。

 

エントリーをどのくらいすればいいのか悩んでいる。何社? そういえば何+数える語で何個か聞けるんだなあ。神は何柱?とか聞くのだろうか。よくわからないブログを読むと内定数はエントリーシートの10%みたいだ。本当か? 30社出せばゼロ内定はほぼなくなるとの計算。まじか。エントリーシートがテンプレ的ならばいいかもしれない。

 

人生でそれほど努力したことがないので、「入試くらい本気で」と言われてもよく分からない。一番努力したのは中学の部活で一時間走という一時間ただグラウンドを走るだけの練習をしていたころだ。ほんとうに何も分からなくなる。自分がどこにいるのか、なぜ走っているのか、いまは何時なのか、ぼくはなぜ生きているのか。自分が自分でなくなりかける辺りで一時間が過ぎる。もう少し走れば自分が自分でなくなれたかもしれない。でもゼロに漸近し続けるだけで、達しはしない気がする。

 

自分が自分でなくなりそうな感覚というのは魅力的だ。陶酔とか、恍惚とか昔の人は呼んでいる。さいきんの言葉というかだいたい時代の近い言葉は汚く聞こえる傾向がある。たぶん歴史上ずっとそうだろうけれど、ガンギマリ、とかになるかもしれない。

 

いまお風呂に体を浸しながらこれを書いていて、そろそろ飽きてきたところだ。いろいろなことをしないといけない。体を流す。タオルをとる。タオルを体に巻き付ける。タオルを上下に動かす。あとは服を着たり、ドライヤーがどこにあるのか探したり、布団を何枚かけるかなんてことにも迷わないといけない。

 

 

2017-03-02の日記

雨。冷たい雨。冬の雨。三寒四温の寒。

ちなみに三寒四温はフランス語っぽい単語だ。cinq en sionみたいな。

 

夢。なんか暴走族と命のやりとりをしたのは覚えている。言葉のはったりだけで闘うが、二回ほど死ぬ。僕は夢で痛みを感じるタイプだ。右腕が切り落とされたりしてとても痛かった。

 

昔のひとは夢を白黒で見ていたと聞く。カラーテレビの普及とともにカラーで見るひとが増えたそうだ。同じようにVRで痛みを与えるようになれば、夢でもみんな痛みを感じるはずだ。夢の印象はどうも「現実じゃないものとは何か」に規定されている気がする。50年もすれば「昔のひとは痛みがあるかどうかで夢と現実を判別してて、夢で痛みは感じなかったらしい」という文に驚くようになるかもしれない。

 

昼前に起きて、大学開催の合同説明会にいく。雨でどうも重苦しい感じがする。雨が降り出す前には空気に斜線が入る感じがするけれど、みんなそうなんだろうか。

 

何社か回って、うーん、という感じになる。まあだいたい気になってる企業は調べてるから無内容だし、気になってない企業は気になってないから無内容だ。結果として無内容になりがち。途中から「興味が湧かないやつ」にしぼって会社を回っていた。

 

やっぱりマイナビリクナビ占星術は当たってるなあ、という感想になってくる。占星術と呼んでいるのは適性診断とかそういうやつ。アミューズメントとかエンターテイメントとかが上で、とにかく人の顔色を窺うやつが向いているようだ。直感ではそうではない、と否定したいのだけれど、どうもそういう企業にばかり興味が湧いてくる。

 

それと最近の感想。ひとは自分の超能力に気づかない。超能力と言ったけれど自然法則を超えるようなやつじゃなくて、優れている能力、くらいの意味だ。自分が優れている能力に気づきづらいのだから、そりゃみんな苦しく感じる。だから褒めあっていかないといけないなあ。

 

こんなもんか、という感じで帰る。途中で本屋に寄ったけれど、欲しい本を買うのを忘れて就活本を立ち読みしていた。かなしい。ずっと雨が降っていて、めんどくさくなって傘を差さずに、コートが雨をはじくままにしていた。風が強くなってくる。僕は家に急ぐ。

 

2017-03-01の日記

晴れ。夜には雨が降ったらしい。少し寒くて、お腹が冷えた。

 

夢。忘れた。

 

就活がはじまった。今日は初日ということで、心を強く持って合同説明会に行った。一番大きいのはマイナビだかリクナビビッグサイトでやってるやつだろうけれど、大学開催のに行った。正直ビッグサイトのやつにいって、イベント感というか、同年代の人間が必死になる感じとかを見たかった気もする。

 

合同説明会は体育館みたいなところで開催される。横にボルダリングの壁を見ながら企業のひとの話を聞いたりして、あの部分はこうやって登れるのかなあ、とか考えていた。ボルダリングはやったことがない。いちどBSでボルダリング世界選手権を見たことがあって、盛り上がっていた。たくさんの専門用語が飛び交っている。しらない専門用語はとても魅力的に映る。好奇心をうまく刺激する仕組みがあるのかもしれないし、昔人間たちがハブられると死んでいたころの遺伝的結果かもしれない。

 

就活。けっこう企業のレベルと説明のレベルは相関している、気がする。企業のレベルが上だとプレゼンもうまい。それと企業の雰囲気がでる、気がする。真面目だとか理路整然系だとか緩いかとか。それと結構見ているのが肌の荒れ具合だ。やっぱり激務系のひとは肌が荒れていることが多い、気がする。あと機材の豪華さとかね。まあそういう感じ。けっこう真面目にやってるなあ僕。

 

マイナビリクナビを見ながらとにかくボタンを押す。プレエントリー? エントリー? 何が違うんだ、とか、考えたりする。どうやら個人情報を渡すのがプレエントリー、気持ちを書いたのを渡すのがエントリーっぽい。わかんないよなあ。

 

マイナビリクナビは企業からお知らせを送れるようなのだけれど、どうやらお金を出すと文章に蛍光ペンを引けるっぽくておもしろい。だいたい大企業は引いているので、差異化になっていない。とにかくマイナビリクナビだけが得をするシステムだ。よくやるなあ。

 

合同説明会はとくに何もしないのだけれど、くたくたになってしまった。イスが悪い気がする。それともスーツか。思いを巡らせる、というのもけっこう疲れるのかもしれない。

 

うーん。もう雑にやっていいかなあ、という気分になってからあまり悩んだりしてない。なんというか拙速というか、雑にやる、というのが分かってきた気がする。Done is better than perfectとか、雑に作れ、とか、そういう言葉が飲み込めてきた、という感じかもしれない。見る前に跳べ、とかはよくわかんなかったけれど、雑に作れ、という言葉はとてもよくわかる。雑に作る感じで雑にやるわけだ。そのたび修正。日本は新卒制度があるから難しいんだろうけどね。

 

それで帰り道に雑にラーメンを食べた。雑な味がした。うーん、雑だ。とにかく雑にやる。

 

日々の軽薄さに気づかなくすらなっていくのだろうなあ。でも人生はじりじりと動き、時間は誰にもいじれない。

2017-02-28の日記

晴れ。とても寒い。三寒四温の寒。

 

夢。友人やうる星やつらの登場人物たちと京都の寺や城?にいく。タイムスリップをして過去へ。警告音が流れる城を走ったりして真剣をもらう(名刀らしい)がそのままでは持ち運べないので古物商へ。カーテンとかを切る。

 

昼前に起きる。昼過ぎに就活イベントに参加。就活というよりもエンタメだった。そのあと友人たちと食事。そのまま含めて五時間くらいしゃべってしまった。就活への不安を押し隠すためだろうなあ。

 

究極の趣味はサーフィンらしい、とかそういう話だった気がする。村上春樹に出てくる固有名を現代的にするとどうなるかとか。無の解消法としてスクワットをやるはめになった。やった。20秒ほどで無になる。だめだなあ、料理もいいらしい。あとなにを話したっけ。自然とふれあうこと。うーん。

 

花粉が飛んでいる。見えない悪意がきちんと認められる形で像を結んでいるのはよい。春の季語はこうだ。「花粉が悪い!」その通り。花粉が悪い。

 

就活が始まってしまったなあ。嘆息って感じ。やりたくないもののために努力するのもとてもアホらしい感じはするけれど、生存のためだ。生存ってやりたいものだっけ。わからん。可能性を持つというか、跳ね上がるかもしれない株券をとっておく、という感じだ。まあいつ売ってもいいだろう、とみんな考えて、結局売れずに目減りしたのを抱えて終わることが多いんだろう。

 

あらゆる現象から教訓を見つけるのが純粋化した校長先生という気がするが、就活も教訓の宝箱という感じがする。うーん、おもしろおかしくやりたいなあ。好奇心で動く。友人が好奇心ドリヴンだと終わる、と言っていたような気もするけれど。好奇心で一瞬で破滅すればいいけれど一瞬で破滅はなかなかない。だらだら破滅する。それはいやだ。

 

IBMのPersonality Insightがまた登録なしで利用可能になっていた。昔そうで、ちょっと前まで登録が必要になっていたのだけれど、また開放されたみたいだ。好奇心と同情と権威への反抗が高い。100%だ。これで理想が高ければ革命家にでもいけたんだろうなあ。社会性やラブ?が低い。これはわかる。ラブを上げていきたい。SUPER LOVEとかOUR LOVEとかよくつぶやいていたけれど、そういう話だ。恋愛脳について話したいけれど、長くなるのでやめる。またいつか。

 

とにかく就活が始まってしまったというのが今日のまとめだ。あと二月も終わった。とにかくいろいろなものが終わり、いろいろなものが始まっていく。そうやって日々が過ぎていく。日々が過ぎるというよりも、日々を過ごす、というようになりたいなあ。とにかく前を向くというか、顔を上げていきたい。