存在だいすきクラブ

強い気持ち

2017-07-15の日記

暑い日だったようだ。エアコンに逃げていたのでよくわからない。

 

印象的な夢だった。基底現実がつらいときによくあるタイプの夢で、世界には幸福の可能性があるんだよ、と言うタイプの夢。覚めたときがとてもつらい。甘い飴玉の中に針が入ってるような目覚めでした。内容は恥ずかしいので書きません。

 

かなり何もしていない。自分でも驚くほど何もしていないと思う。ご飯を食べた。寝た。シャワーを浴びた。これだけです。あとは寝っ転がって、弱いインターネットをしていた。強いインターネットとは積極的に文字を打ち込んだりキーボードをカタカタやったり知らないウェブを見るようなやつで、弱いインターネットとは意志の力みたいなのがいらないインターネットです。今日は弱かった。

 

エアコンを入れて布団の上をクルクルしていると自分を責める感情が湧いてきます。よくない。運動とか、少なくともラジオ体操をしたいと毎日考えては、やらない。

 

お金がなくなってきたので働く必要がある。何か抜け道がないかといつも探している。たとえば僕の居住スペースでは水は定額制だ。ここから砂漠までパイプを繋げば儲けられる、など。

 

客観的には気軽なんだけれど、やっぱり精神的には重さを感じる。とにかく一つのことに酔っていることが重要だなあと思ってくる。別にそれは寺の周りを何週間もグルグルするとか、そういうことでもいいのだろう。もしくはアルコールで視野を狭めるとか。ひたすら呼吸の仕方に気をつけるとか。

 

そういえば急に精神状態がよくなった。不思議だ。だから剣山みたいな言葉はとうてい出てこない。しかし剣山って言葉はもっとカッコいい物事に取っておいてほしかった言葉だなあ。

 

フェイクとリアルについて考えていた気がする。日本でたぶん最初くらいに大多数にウケたラップソング「DA.YO.NE」がカッコいいじゃん、と気付いたのがきっかけです。フェイクとリアルはもちろんポップと本質?みたいな対立でもあるわけです。

 

少しお酒を飲んだのだけれど今日は意識がなんの取っ掛かりもなく流れていく。難しいことは考えられないけれど落とし穴にハマることもない。日常ってそういう話なのかもしれないし、そのワードで学園生活を夢見る必要もないのかもしれない。

 

なんかオチがない。日記にオチはいらない。

2017-07-12の日記

ひと掬いいくらの人間たちが神輿を担いでいる。彼らは目を交わし合っている。僕はパソコンを再起動している。更新プログラムが走る。彼らが通り過ぎていく。追いかけるか迷う。僕は更新プログラムの終わりを待つ。彼らの声は遠く遠くに過ぎていく。太陽が沈み、また登る。僕は更新されない画面を見ている。

 

僕は高く積まれた本たちを見ている。ホコリが砂のように積もる。そいつらは高くなる気がする。ホコリと砂と雨が落ちてくる中で、僕はずっと望遠鏡を見ている。何か映らないかとハンドルを回し続けている。砂は僕の足を埋めていく。

 

空腹で目が覚め、空腹でまた眠る。汗が布団に染みていく。太陽が出ていては星は見えない。僕はまた眠り、電車が眠るころに起きる。暗すぎても星は見えない。画面はまだアップデートを終えない。

 

風は街を起こすには足りない。熱はパソコンを壊すには足りない。無さえ僕を殺しきれない。

 

スマートに行こう、と彼らが叫んでいる。耳を塞ぐ腕はもうない。彼らが階段を登ってくる。日差しがセミを殺し始める。彼らはドアの前にいる。

 

僕は洗濯物を干す。シワを伸ばし、服で空気を叩いて、広げる。サクランボを摘むように選択バサミではさむ。ここにはクールもスマートもない。手順と湿気だけがある。あとは風と日差し次第だ。洗濯物干しにフェイクもリアルもない。過程と成り行きだけ。僕は雲の動きを見ている。

2017-07-11の日記

洗濯物を干す。冬物や春物をしまうために洗った。布団の上で理由もなく苦しんでいると一日が過ぎてしまう。熱病にでもかかったひとみたいだ。重大な理由はないが、つらい。体を動かしたり、なんらかの使命感を得たりしたほうがよいのだろうと漠然と思う。

 

卵を茹でたりカレーを温めたりしていると生活に必要なことが済まされてしまう。とにかく頻繁に無になる。つねに何か対象に対する思考を持っていることがだいじだろう。なんでもいいのだけれど、小説を読んでもいいし、アニメを見るとか、ゲームをやるとか。とにかく億劫という感じだ。カッコつけなくて言えばめんどくさい。

 

憂鬱が下地となって世界の彩りが落ちていく。青色に統一されていればまだマシで、実際のところは白黒に近づく感じだ。貧血で倒れる前の視界のような日々が続く。続くことはよいことではない。

 

炊飯器のスイッチを入れたり、切ったり、コメを入れたり、そういうことで僕達の人生は終わっていく。とうていボタンを押すことに幸福を見いだせる気はしない。

 

ちょっと硬い心理学の本に「幸福は環境から来るわけではない」ということが書いてある。つらそうな人はだいたいつらそうだし、幸せそうな人はだいたい幸せそうだ。僕達にはだいたい個人設定されたノーマルハピネス度みたいなのがあって、たとえ宝くじを当てようが事故で両足を切断しようがちょっとするとだいたいはノーマルハピネス度くらいに戻るらしい。

 

人間の基本設定をいじりたい気持ちはよく出てくる。僕のアレルギー値は高すぎだし、眠くなる時刻は遅すぎだ。そしてノーマルハピネス度は低い。

 

自分の部屋の八割をゴミ箱に捨てたいなあ、と考えている。のらりくらりやっていったり、人生サーフィンをするのは簡単なことではない。

 

しゃもじに米がこびり付いている。これを落とさなきゃならない。

2017-07-09の日記

リハビリのように少しづつ日記を書いている。日記の形も不定形で、フリースタイルに書いていきたい。今日は晴れと曇りのあいだみたいな天気だった。お昼前に起きて、かんたんなご飯を食べる。どうもお腹が空くのだけれど、ご飯を用意するのがめんどくさくてゴロゴロしていると時計の針がぐるんぐるん回る。スパゲッティをゆでるのもめんどくさい。外に出るのなんて余計にそうだ。

 

お金がないと適当にご飯を済ませようとするのだけれど、適当にご飯を済ませてしまうと動けなくなり、ご飯を済ますこともできなくなってくる。服屋に行く服がない、というのと同じ罠です。どこかで気合いとかが必要になる。世の中はとにかく気合いなのだ。

 

34℃まで上がり、どうしようもなくてエアコンをつけると、即寝てしまった。気温が高くて寝不足らしい。人間が欠陥品なのか、僕が欠陥品なのか、東京が欠陥品なのか、東京に住む決定をした人間たちが欠陥品なのか、たぶん全部だろう。

 

そういえばこの前ブラック企業で有名な場所の一番ヤバイときに営業で生き抜いたひととお話しした。手や体の動きや笑顔の作りかたが洗練されていて、テレビで見る芸人なんかより好感度を取りに来るのがありありとわかる。感情をハックされているような不思議な気分になった。彼らは気合いを語る。

 

自室で寝たりふっと起きたりを繰り返して一日が終わる。精神的には完全に凪といった感じで、波のない太平洋のど真ん中で太陽を見上げながら浮いている感じだ。久しぶりに安定している気がする。低いところでの安定はよくあるけれど、今回は中くらいで安定していて、高校一年生以来だと思う。とにかく風がなければ波もない。焦りがないのは本当に久しぶりだと思う。これをデフォルトにしたい。

 

夜もとくになにもしていない。気合を入れて外でカツ丼を食べて、どこまでも自転車で行きたいような夜風を受けて、帰って動画サイトとかを見て終わった。あとソシャゲをやった。ソシャゲはとても大変だ。

 

とにかく何の波乱もない真夏の中学校のプールみたいな日々が続いている。波も立たなければ、雨が穿つこともない。太陽に照らされて少しづつ蒸発するだけだ。何かしら水を補給しないと枯れるということもある。運動、旅行。まあなんでもいい。生きることには水やりが必要だ。

2017-07-05の日記

晴れときどき曇り。暑い。7月の天気になってきた。積乱雲は見えず。

 

夢。真っ暗な迷路を手触りを頼りにずっと周っている。あまりにも芸がない夢だ。小学生のラブレターみたいに直接的だなあ。無意識もやる気がない。

 

とにかくメンテナンスをやった。洗濯物とか、体の調子とか、調味料とか。生活の維持に必要なことをした。生活を維持する必要はあるのか? とにかく維持をしていれば面白いことがあるんじゃないかなあと思っている。宝くじを引くために日々を存続させる。大当たり確率を表示してほしい。

 

夜は涼しい風が南から吹いてくる。酒は何も解決しない。酔いは時間を殺すだけで、僕を殺してはくれない。

 

西で大雨が降っている。その映像をずっと見ている。ここに降ることはない。

 

北朝鮮からICBMが飛んできていたらしい。特に気にする人もいない。

 

また風が吹いてくる。冷え過ぎないようにしよう。

2017-06-23の日記

10時くらいに起きた。遮光カーテンを引いてから自動的に起きるという感覚はない。僕が起きようとすると、起きるといった感じだ。

 

安い雑なパンを人切れ食べて、何もしたくないなあと確信する。カーテンを開く。街はすでに始まっている。

 

服がないが、勢いで蕎麦屋へいく。油ものがつらい。食べたいものがなくなってくる気もするけれど、高いものは食べやすいということも知っている。とにかくお金が必要なのだ。

 

何もしたくないので、パソコンを見つめていたが、パソコンも見つめていたくない。部屋にいたくない気がするので、気も進まないけれど外に出る。とにかく北に歩く。

 

東京は都会な気がするし、無限に街が続く気がするけれど、実はそうでもない。駅と駅の間とか、駅から遠い、賃貸が安そうな場所にいくと90年代で止まった街がそこそこある。誰もいない商店街。色落ちした昔のゲームのポスター。一定のリズムを鳴らす工場。遠くから聞こえてくる安物のラジオの音。老人と小学生だけが見える。出身地の昔を思い出す。

 

大学や大規模な学園の周りになると途端に漂白された感じがする。整った道幅、切り取られた芝生とか。その周辺だけ身なりの整った人間が歩いている。とにかく格差社会だなあと思いながらポカリスエットを飲んで歩く。公園に座ったり、川沿いを歩いたりする。

 

無音だ。高齢者が犬を散歩させている。犬のハァハァという呼吸音と、川の水がコンクリートに叩きつけられる音だけがかすかに聞こえている。世界が止まってるみたいだ。

 

出身地の県庁所在市とかとおんなじ風景だなあ、と思って歩いていた。目新しいものはない。どこもどこかに似ている気がする。高架近くの街は高架近くの街っぽくなるし、道の狭い密集した街はやっぱり道の狭い密集した街になる。東京らしいのは山手線内とか、漂白された学園群くらいなんだろう。少し離れるとただ廃れていくだけの街が見えてかなしい。何十年と風景の変わらない街。外国に行ってみるしかないのかなあ。

 

効率のよい疲れ方を探している気がする。人生の消費だ。人生は炊きすぎた米とかではないはずなのだけれど。

 

地下鉄サリン事件の情報とかを見ていた。当時の海外のものだと霞ヶ関がガバメント、大手町がファイナンス、築地がマーケットと紹介されていてなんか変な感じがする。わりと被害者のひとも当初は事態の深刻さに気づけないみたいだ。目の前でひとが何人も倒れて痙攣していても自分の気分の悪さとは関連付けるのは難しい。正常性バイアスとかで語られる話なんだろうか。調べましょう。

 

スーツのクリーニングを取りに行かなければならない。布団を干したい。ペットボトルを捨てたい。お金を稼がないといけない。積み木を並べるように日々が過ぎていく。

 

 

「ちょっと存在する人は、やっぱり雇えませんねぇ」

「ちょっと存在する人は、やっぱり雇えませんねぇ」

「そうですか……」

またこれだ。

「やはり存在するひとはコストもかかりますしねぇ」

「なるほど……」

存在者差別禁止法が施行されてから五年が経つというのに、いまだ企業はそれを守ろうとはしていない。それで存在してしまった僕はまだ職にありつけていない。依然として存在しないもののほうが有利だ。面接室から出るとオフィスは存在しない事務員たちで溢れかえっている。そりゃ存在しないものは保険もいらなければ、スペースもそんなに取らない。遅刻もしない。でもだからなんだって言うんだ。僕だって生きてるんだぞ。

「おい、存在しないやつたちめ!!」

僕はついに声を張り上げてしまう。

「オレだって生きてるんだぞ!! いまに見てろよ!! お前たちを、オレが血祭りに上げてやるからな!!」

「ちょっといいですか」

振り返ると制服が宙に浮いている。存在しない警備員だ。

「はい、騒がないでくださいね」

「暴れなければ私達も暴力は振るいません」

「今回は特別です。通報もしません」

僕は黙ってビルの入り口から出ていく。地下鉄には席がちらほら空いているが、存在しないものたちが座っているかもしれない。そんなとこに座ったら大変だ。僕は車両を移り、存在者専用車へと急ぐ。

 存在者連合は急速に力をつけているはずだ。国会でも三分の一は存在者の党が占めている。残りは無だ。国会中継を見ればいい。あいつらは存在しない。なのにどうして僕たちはこう虐げられてるんだ! ぎゅうぎゅう詰めになっている存在者専用車に体を押し込む。額から汗が垂れる。あまりの混雑に足が浮き始める。存在しないやつはいいな、なんせ満員電車にならないからな。そりゃそうだ、あいつらは空間を占めない。ささやき声が聞こえてくる。おいやめろ。それが存在しないやつらに聞こえたら大変だぞ。あいつらはどこにいるかもわからねぇんだ。うわっ! 誰かが駅につくとグイと引っ張られ外に投げ出される。なんだあテメェ……ああ、すみません。存在しないやつが聞いていたみたいだ。おそらく執行猶予も付かないだろう。臭い飯を食うんだ。僕たちは存在するがためにご飯さえ食べなければならない。

 存在しないやつらにどう抵抗すればいい? あいつらを殴ることはできない。どこにいるのかさえわからない。僕たちは常に存在しないやつらに怯え、ただ震えて生きるしかないのか? あいつらは総数が分からない。だから選挙で勝ち目はない。あいつらに核攻撃は効かない。戦争なんてムリだ。僕たちは永遠にあいつらにヘコヘコして生きるしかないんだ。僕は天を拝む。しかし、神は存在するものなのか?