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存在だいすきクラブ

強い気持ち

2017-02-05の日記

金縛りにあった。布団が重くて眠りが浅かったので、それだろう。金縛り時には部屋が見えるのだが、実はほとんどのひとは目を閉じているらしい。つまりリアルな夢を見ていて、そこで体が動かないのでビビるわけだ。今回は裸のオッサンが部屋に入ってきて、側転をしながら僕の周りを一周して、そして出て行った。金縛り中は現実だとしか思えないので、本当にこわい。

 

こういう金縛り体験がエイリアン誘拐とか幼いころの性的虐待とかの疑似記憶を仮構するのかもしれない。体が動かず、恐怖があり、だいたい性的だ。エイリアン誘拐の体験はだいたい針の挿入とかを伴ったりするらしい。精神分析が口を出しそうな話でしょう? 

 

夢だが、本居宣長蘭学者がマジで存在したのか、という議論のやつだった。なんだそれは。

 

雨。

映画『沈黙』を見てきたけれど、たぶん窪塚洋介ファンだろうグループが後ろにいてすごくて、窪塚洋介が出るシーンにめちゃくちゃ笑い、ひとが首を切り落とされるシーンでも笑い、たぶんクリスチャンだろう隣のひとが手を組んで祈っている辛いシーンでも声を上げ笑うので甚だ強さだけを感じていた

 」

だった。結構みんなポップコーンを食べてて、これポップコーン食べる映画か?と、どの映画を見に行ってもおもう。だけどその辺はみんな好きにしてほしい。

 

『沈黙』は一日が町から出ずに完結するころに読んだ記憶がある。当時は心を動かされた記憶があるが、心を動かされたという記憶しかない。脳はこうやって記憶を効率化していく。

 

問題は信仰だ。当時から信仰が欲しくて読んだ記憶があるが、まだ信仰を持ててない。対象はどうでもいいので信仰がほしい。映画はその逆で、ひとがひとに信仰を捨てさせようとする話だ。(神がひとに信仰を持たせようとするアニメが今季やっている)

 

が、とにかく窪塚洋介ファンのひとたちのことばかり考えていた。断絶。僕はまったく彼女たちの持っているだろう文脈がわからない。隠れキリシタンが首を落とされるシーンで僕は笑うことができない。が、彼女たちには笑える文脈があるはずで、僕もそれを学べば笑えるはずだ。とにかく僕たちは遠い。