存在だいすきクラブ

強い気持ち

2017-03-03の日記

晴れ。とてもよい青空。水彩絵の具を延ばした感じ。日差しが暖かい。

 

夢。忘れた。というかメモし忘れ。

 

昼前に起きて就活イベントへ。ドーナツを急いで食べる。

 

うーん。あまり印象的なことがない。三日連続で同じようなことをしたからかもしれない。板のようなイスに座って35分面白いとも面白くないともいえない話を聞いて、質問をし、次へ。スーツ姿は生存には適していない気もする。でも砂漠ではスーツがいいらしい。masterキートン参照。

 

誤字があったことくらいしか憶えていない。「火中の栗を拾う」が「渦中の栗を拾う」になっていた。気持ちはわかる。場合によっては渦中のほうが適切なときもある。危険ではないが話題になっているものとか、か? やっぱり雑な企業のほうが話が面白い気がする。まあ雑な企業でわざわざ高難易度大学にくるということは勝機があってきてるのだろう。

 

「わざわざ」が「What's up? What's up?」から来ている、という嘘をいま考えた。「ぐっすり」が「good sleep」みたいなものだ。

 

エントリーをどのくらいすればいいのか悩んでいる。何社? そういえば何+数える語で何個か聞けるんだなあ。神は何柱?とか聞くのだろうか。よくわからないブログを読むと内定数はエントリーシートの10%みたいだ。本当か? 30社出せばゼロ内定はほぼなくなるとの計算。まじか。エントリーシートがテンプレ的ならばいいかもしれない。

 

人生でそれほど努力したことがないので、「入試くらい本気で」と言われてもよく分からない。一番努力したのは中学の部活で一時間走という一時間ただグラウンドを走るだけの練習をしていたころだ。ほんとうに何も分からなくなる。自分がどこにいるのか、なぜ走っているのか、いまは何時なのか、ぼくはなぜ生きているのか。自分が自分でなくなりかける辺りで一時間が過ぎる。もう少し走れば自分が自分でなくなれたかもしれない。でもゼロに漸近し続けるだけで、達しはしない気がする。

 

自分が自分でなくなりそうな感覚というのは魅力的だ。陶酔とか、恍惚とか昔の人は呼んでいる。さいきんの言葉というかだいたい時代の近い言葉は汚く聞こえる傾向がある。たぶん歴史上ずっとそうだろうけれど、ガンギマリ、とかになるかもしれない。

 

いまお風呂に体を浸しながらこれを書いていて、そろそろ飽きてきたところだ。いろいろなことをしないといけない。体を流す。タオルをとる。タオルを体に巻き付ける。タオルを上下に動かす。あとは服を着たり、ドライヤーがどこにあるのか探したり、布団を何枚かけるかなんてことにも迷わないといけない。