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存在だいすきクラブ

強い気持ち

2017-03-04の日記

日記

天気がわからない。家から出てない。そこそこ暖かかった気がする。

 

夢。気合いが足りずにメモしていない。

 

けっこう就活で疲れていたみたいで今日は書くべきことをできなかった。図書館に行ってESを書く予定だったのだけれど。それでごろごろしていた。うーん書くべきことがない。

 

あ、少し枕元の本を整理した。就活関連の本を投げ捨てるように重ねていて、とてもホコリが溜まっていた。隙間があるとホコリがどこからかやってくる。隙間がないように並べるか、もしくは思いっきり離しておくとホコリが溜まらない。結局ここでも適切な距離が必要なわけで、不思議だ。

 

適切な距離感というのはいつもどこでも求められる。でも適切なんてどれくらいか全然わからない。たとえば初対面のひとにはズケズケ個人情報を聞いてはいけないし、ジョークの幅もかなり狭めないといけない。ブラックな冗談とかはダメだ。でもある程度会うとこんどは情報を聞いたり、軽口を叩かないと失礼になってくる。この辺は難しくて、かなり意識してないと難しい。自動化したい。

 

みんながいう「成長」は自分の生活をどれくらい自動化できているか、のことを言っていると思っている。礼儀作法とかは一挙手一投足の自動化だ。敬語なんかもそうだ。掃除だとか、イヤなことをどこかに投げ捨てる作法だとか、そういう諸々を自動化していくと成長した、なんて言われる。そうしていつの間にか生活の全てを自動化してしまう。こうなるともう人生は僕たちの手から滑り落ちてしまう。もっとよくないのは、自動化された自分に気づいてしまうことだ。そうして脱サラしてソバでも打つ、なんてまた別の自動化のレーンに乗ってしまう。

 

放っておくと僕たちはなんというか法則みたいなものに絡め取られてしまう。ありがち、の網の目に気づいたら手足が絡んでしまっている。見えない均質化の流れというか、僕たちを一緒にしてしまうなにかに押し流されてしまい、クッキーの金型に切り取られてしまう。

 

そういうのには僕は抵抗したい。別に正義とかじゃなくて、ただ複雑というか、ランダムなものが好きだという好みのせいで。この好みも遺伝子とかで決まってるのだろうけれど。やだなあ。遺伝子と環境の外はあるのか? ひとはそれを自由意思とか呼ぶのだろうけれど。ないだろ。

 

そういえば自由の概念は神の善性を守るために出てきたとか聞く。神がいるのならなぜ悪があるのか? 人間には自由意志が与えられ~ よくわからん。ちゃんと本を読もう。

 

なんか恥ずかしいことを書いてしまった。薬で眠くなってるからだ。とにかくやるべきことをやる。少なくとも生きる。就活をする。そんなもので少しずつ進んでいく。