存在だいすきクラブ

強い気持ち

2017-07-28の日記

自分を振り返ることは重要だと三回口に出してようやく書く気になってくる日記だ。

 

曇りのち雨。ねっとりとした空気。気温は下がるけれども、とうてい軽やかな気分にはなれない。

 

起きた瞬間に憂鬱だったので、とにかく外に出ようと決め、海に行くことにする。波頭が砕かれる様子は十分にランダムで、ずっと眺めていられるだろう。心を落ち着かせるためにも、と思う。

 

路線バスの運転は心なしか荒い。バス停留所に設けられたステップにはまともに止まらず、そこから道路側に5mくらい離れて止まり、また橋を超えるたびにジェットコースターのような加速度を感じる。身体的な恐怖感はいくぶんか心を和ませるのに役に立つ。

 

夏の雨の雲が広がっている。空の低い位置に灰色の水彩絵の具を溶かしたように雲が溜まる。ゲートブリッジの付け根には整備されたキャンプ場があり、土曜日の人通りは多い。300円を払うと入れるキャンプ場には大勢の親子連れがいて、コールマンのテントが並んでいる。判子を押したような光景が並ぶ。警備員が見つめている。

 

ゲートブリッジは高い。しつらえた、という感じの9階建ての立派なエレベーターがあり、それで橋の上に出れる。警備員に会釈しながら出ると、その瞬間に放送で東京に雷注意報が出たことと橋から退避することの要求が告げられ、苦笑しながら降りる。風が強く、車が通るたびに小刻みに揺れる。おもったより小ささを感じた。幼少期に渡った、最近落ちた橋のほうが大きかったような気がする。

 

幼少期はとにかく圧倒される大きさのものが多かった。体の小ささは世界を偉大に高貴に写す。大人の体と精神には卑小なものが多すぎる。日本一の高さは日本一の高さでしかなく、復元されたと知ってる城に天守に圧倒はされない。いまの僕には崇高さを感じることは難しい。

 

帰り。冷房の強いバスは心地よい。高速で地面を動きながら眠気を感じることができるというのは文明の大きな恩恵だ。僕は車で眠気を感じるのが好きなことを思い出す。でもバスの長距離移動は電車と比べて高い。誰かの助手席に座りたいと思った。