存在だいすきクラブ

強い気持ち

2017-09-21の日記

晴れ。まだ暑さは残るが、少しずつ空が高くなっていくのに気づく。秋へと近づくのが分かる。

 

なんか牛丼とか食べたような気がする。いつもそんなものだ。

 

起きて少し本を読む。今日はかなり長めに眠った。長く眠りすぎるのもよくないと聞く。七時間がよいとか、統計的に死ににくいのはその辺りらしいが、死ににくくてもしょうがないような気もする。

 

最近アリに襲われる夢をよく見る。土に還りたいとでも読めばいいのだろうか。分からない。

 

労働をする。無心。

 

夜からのスケジュールがキャンセルに。無心。

 

コーヒーを握って公園に入る。女子大生が「てか過ごしやすくね」と言っていたのを思い出すほどに人が多い。過ごしやすいと人は公園に集まり、肩を抱き合う。僕はそれを見ている。子どもたちが繰り返し繰り返し滑り台を降りる。そのたびに少しずつ滑り台が汚れていく。

 

公園に座っていても何も起きないことに気づきだす。「みくみくにしてあげる」投稿から昨日で10年経っていたことに気づく。僕はみっくみくになっていない。ただ10年が過ぎただけだ。

 

10年が過ぎて僕は少し生きづらくなった。変わったのはそれくらいかもしれない。与えられたことを少しやり、座っているべき場所に座っていて、何もすることがない時間に何もしない。対象のない不安に不安を感じて、一人で自室に帰る。ものに当たっても消えないだろう苛立ちが残るだけだ。残高と、今日の食事を気にしなければならなくなったことだけが変わった。僕はまだみっくみくになっていない。時間はただ時計を進めている。

 

メガネを受け取った。度数が上がる。メガネの度を強くするたびに後悔する。世界が見えやすくなるからだ。ホコリ、産毛、アスファルトに残る吐き跡、警察官が見ているバッグの中身、とにかくよく見える。特に顔。他人の顔はよく見えないほうがよい。顔は見えないほうが魅力的に見える。

 

とにかく空のペットボトルを片付けないといけない。彼らは古びても匂いを発しないので、片付ける優先度が低く、部屋に残りがちだ。生ゴミはよく捨てる。燃えるゴミもよく捨てる。ペットボトルは難しい。

 

それくらいだ。就活が終わってからとにかく鋭さが消えている。ふわふわとした気分が治まることがなく、高く空を飛ぶように物事を細部まで見ようとしない。言葉づかいもとても荒い。一文字に迷うこともない。他人と歩調を合わせていては道横の草花を愛でているヒマもない。彼らと語彙を合わせていては伝わらなさに賭けるような言葉も吐けない。とにかく暇が必要なのだ。暇にはお金がいる。お金には時間がいる。時間を払っていては暇にはなれない。とにかくこの社会は生きにくい。

 

明日も労働がある。明後日も。労働を解消しても労働がやってくる。夏休みの友より悪質だ。