存在だいすきクラブ

強い気持ち

2017-10-31の日記

晴れ。台風のあとはこういう日が続く。空からの光は皮膚に少し痛みを残し、自分が生きているんだなあと気づくには十分だ。

 

夢。肉親に「こっちに来てはダメだ」と叫ばれる。溶岩のイメージ。

 

コンビニのケーキを食べ、コーヒーを飲んで朝を始めた。丁寧な暮らしだ。ひとつひとつの動きで甲子園に出れるように洗練させたい。丁寧な暮らし国には様々な甲子園があって、寝起き甲子園とか、うがい甲子園とか、フライパンを使ったあとにすぐ洗う甲子園とか、ボディーソープのボトルのポンプの先に化物をつくらない甲子園とかがあるわけだ。それぞれに甲子園選手がいる。彼らは地方大会を勝ち上がっている。まずは靴のかかとを踏み潰さない甲子園の県予選で勝つようになりたい。一挙手一投足を甲子園化していくわけだ。ゲーミフィケーション? 横文字は分からない。このブログもだいたい横文字です。

 

昼に労働をする。怒られない頭脳労働なのでザワザワした心を落ち着かせる必要もない。ちょっと言いたいことがあるとすれば、窓の外を見たいなあとおもう。仕事場の窓は隣のビルの外壁を映している。

 

窓の外がそのまま窓の外を映す必要があるのだろうか。アルプスとか、グランドキャニオンとか、名も知らない地方の港町だとか、雨粒が打ち付ける住宅地とか、そういうものを選ぶひとになりたい。環境映像ジョッキーだ。ラジオDJのように曲間でしゃべる必要もない。

 

なぜか席が一人一人セパレートになっていて無言で注文できる例のラーメン屋に行く。自暴自棄だ。店員も無言だったらいいのになあ、観光客向けの90年代J-POPの三味線・琴アレンジがアンビエントならいいのになあ、などおもう。富士そばの社長は好きだから演歌を流し続ける。僕の脳にスピーカーはない。

 

帰る。マンボNo.5をかけながら映像を戻したり先送りしたりするのを繰り返す演出は誰が考えたのか気になる。どうやら80年代のドッキリ番組らしいというのがすぐ出てくる情報だ。もちろん信頼度はそれほど高くないけれど、僕以外にもマンボNo.5の演出にこだわる人間がいることに少し安心する。

 

昼くらいから人生の期待値の底が抜けた感じがしていて、そのせいでどんな行為をやってもポジティブになるという好ましい状態になっている。あと10秒でピストルで殺される囚人を考えてみてほしい。ほぼどうせ死ぬ。それならば噛み付くとか、処刑人を笑わせるようジョークを投げるとか、そういう無謀な挑戦でもやってみる価値を考えて動かせる。

 

(後記:ここで寝落ちしたのでこれで投稿します)